中国で燃料電池車(FCV)の普及に向けて、地方政府によるロードマップの策定やモデル地区の設立がこのところ相次いでいる。北京市は9月上旬、同市の燃料電池車産業発展計画(2020−25年)を公表した。23年までに国際的に影響力のある燃料電池車のトップ企業を3−5社育成し、同市で燃料電池車を3000台普及させ、産業総生産は85億元超を目指す。さらに、25年までにはトップ企業を5−10社に増やし、燃料電池車の累計普及数を1万台、産業総生産を240億元超に引き上げるとの目標を掲げた。燃料電池車普及のモデル地区として同市北部の延慶と昌平、南部の大興を指定した。
また、上海市の幹部は9月中旬に行われた産業フォーラムで全体目標を明らかにし、23年までに「水素ステーション100カ所、燃料電池車1万台、産業規模1000億元」という数字を挙げた。近く具体的なプランを公表する方針。このほか、天津市、山東省、遼寧省大連市、広東省広州市などでも燃料電池車産業の発展促進を巡る動きが目立っている。
燃料電池車は水素を燃料に、空気中の酸素と反応させることで電気を発生させ、そのエネルギーで走行する。もちろん二酸化炭素を排出することなく、水しか排出しないため、「究極のエコカー」として注目されている。水素エネルギーや燃料電池車が19年の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)の政府活動報告に初めて言及されて以降、株式市場でも投資テーマとして浮上している。
◆2050年の保有目標は500万台、補助金依存の脱却で新たな成長局面へ
「中国水素エネルギー連盟」の加盟企業30社余りと100人以上の専門家が19年に共同作成した「中国水素エネルギー・燃料電池産業白書」で、産業の短期目標(2020−25年)、中期目標(2026−35年)、長期目標(2036−50年)をそれぞれ設定した。水素ステーションの数と燃料電池車の保有台数を25年までに200カ所・5万台、35年までに1500カ所・130万台、50年までに1万カ所・500万台に引き上げることを目指すとした。
中国汽車工業協会(CAAM)の発表によると、国内の燃料電池車の生産・販売台数は16年の628台、629台だったが、19年は2831台、2737台に上った。中国当局の補助金政策を背景に、依然として規模は小さいながらも右肩上がりで増えた。一方、20年は状況が大きく変わった。最新のまとめでは1−8月の生産・販売台数は567台、578台にとどまり、前年同期比で52.3%、48.6%の大幅減となった。中央政府による補助金制度の見直しが影響したとみられる。
中国の財政部、工業情報化部、科技部、国家発展改革委員会は今年4月下旬、新エネルギー自動車の補助金制度の見直しについて連名で通知を出し、燃料電池車の扱いにも言及した。09年から購入者への補助金支給で業界の成長を支えてきたが、その打ち切りと同時に今後はコア技術・部品の研究開発と商用化のモデルケースを中心に、積極性や特色を備えたモデル地区への奨励金に切り替える方針を示した。補助金に頼り切っても真の産業振興につながっていないという危機感を当局が抱えているもよう。ある業界関係者は、国内の燃料電池車の現状について「性能が悪い、効率が低い、寿命が短い」と酷評し、「動力システムに関わるコア技術の9割以上が輸入に頼り、コアな技術であればあるほど調達コストが高い」と嘆いた。補助金から奨励金への制度変更は、「燃料電池車の技術開発などに真剣に取り組もうとする企業にとっては朗報だ」と指摘した。
最近の地方政府の動きも中央政府のトップダウン式な方針転換に応じたもので、燃料電池車産業は新たな成長局面を迎えるとの見方が出ている。
◆大手メーカーに新たな動き、普及は商用車が先行か
中国最大の自動車メーカーで、米ゼネラル・モーターズ(GM)や独フォルクスワーゲン(VW)と合弁事業も展開する上海汽車集団(
600104)は9月半ば、世界初となる燃料電池多目的乗用車(MVP)「EUNIQ 7」の発表と同時に、国内業界初の「水素戦略」を公表した。25年までに少なくとも燃料電池車10車種を投入し、大型トラック、小型トラック、大型バスなど商用車をカバーするほか、適切な時期に燃料電池乗用車をリリースする。1000人以上の開発チームを立ち上げ、10%以上の市場シェアを獲得する。30年までに「自社知的財産権を有し、世界的に競争力のある燃料電池車メーカーになる」との目標を打ち出した。
ピックアップ・SUV分野のトップメーカーの長城汽車(
02333/
601633)も燃料電池車の事業計画を公表している。21年に同社初の燃料電池スポーツ用多目的車(SUV)の量産化を実現する計画だ。一方、7月の技術イベントで燃料電池乗用車「Aion LX Fuel Cell」を発表した広州市政府傘下の大手自動車メーカー、広州汽車集団(
02238/
601238)は、年内にモデル運行を実施すると表明した。
燃料電池車に関しては、乗用車よりも商用車のほうが普及しやすいと指摘されている。航続距離や二酸化炭素排出削減といった優位性が大きいほか、バスなど商用車は運行ルートが相対的に固定化されているため、水素ステーションの建設などインフラ整備面でのハードルが低い。中国工程院メンバーで中国汽車工程学会理事長を務める李駿氏は、中型・大型の燃料電池輸送用車両が今後、政策支援の中心になるとの見方を示している。